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kyaoさんによる小説「闇の中の白刃」 [So-net blog]

 kyaoさんによる小説「闇の中の白刃」をお届けします。今回で2回目となります。前回の作品はこちら。kyaoさんの小説集はこちら

 記事掲載にあたって、本編を読み返してみましたが面白いですねぇ。メイシが主人公的な立ち位置ですが、登場人物がそれぞれソネブロで知り合った知人達をモチーフとしたものになっていて、豊かな空想空間の中で話を読み進めることができる点も面白さを増す要因なのかもしれません。思わず本編でモチーフになった方々のサイトにリンクを貼りたくなるくらいです(笑)。
 キャラに性格を与える方法って幾つかあるのだと思うのですが、kyaoさんの作品の場合、登場人物当人の振る舞いはもちろんですが、関わる人々との座標というか、関数というか、そういった「人間模様の空気感」を読ませるのが巧みだなと感じます。

 ところで読みながら考えていたのですが「人間が関わらない物語」って、あるんでしょうか。宇宙誕生のことにせよ、恐竜時代のことにせよ、こうしたSF的な世界観のものにせよ、もちろん人類史的なものにせよ、「人間による視点」って人間が造作する作品には不離のものですよね。
 近未来を想像・描写する作品では人間性の喪失が謳われるものもあるようですが、いたずらに現代人との比較を論じてみても有意義なものではないように思います。私は「未来の人間の視点」がどのような感覚を有するだろうかということにむしろ興味が湧きます。現代に生きながら近未来の「感覚」を推測する思考って、もしかすると閉塞感漂う現代人に新しい生き方の指針をもたらすような力を生み出すきっかけになるんじゃないかと期待してしまうんです。

 創り出したいですね、明るい未来の世界を。現代を生きる我々の手で。

 さてさて、大きく話題が逸れてしまいました。
 それでは本編をお楽しみください。


 ビーッ!
 けたたましい警告音の後、メインモニターには真っ赤な「MALFANCTION」の文字。同時にすべての電源がダウンする。
 プシューン…。
 程なくして、外部からの操作でハッチが開けられた。見上げたそこには、キャオ・ステインバーグの顔があった。
 差し伸べられた彼女の手を掴む。手を引かれるにしたがって、メイシ・サメインの身体は、無重力の中、ゆっくりと浮かんでいく。
 彼女の手によって、シミュレータのハッチから引っ張り出された格好のメイシ。足元のキャットウォークに爪先を引っ掛けて自分の身体を固定する。その顔には疲労の影が大きく表れていた。
 「疲れたでしょ」ひどく遠くからキャオの声が聞こえるような気がした。ようやく彼女の顔を見つめるメイシに「いくらシミュレーションといっても、実戦モードだからね。ま、メイシくんなら1週間もあればモノにするんだろうけど、それをあと1日でって言うんだから」同情するでも、慰めるでもなく、キャオが語り続ける。普段の彼女にしてはやや饒舌か、とメイシはふと思った。
 「久しぶりにご飯おごるからさ、一緒に食べましょ。外で待ってるから、早くおいでね」それだけ言うと、キャオはシミュレーションルームの外へと歩き出した。
 「…」シミュレーションルームの中、自分ひとりを残してくれたキャオに感謝しつつも、メイシはこれまでにない焦燥感にさいなまれている自分を感じていた。

 プロヴィデンス。
 それがメイシ・サメインに与えられた新しいMSの名前だった。
 スナフ小隊にあって、唯一「ガンダム」の名前を冠するMSである。それは小隊にとってもメイシ自身にとっても、この上ない名誉なはずだった。
 プロヴィデンスが届くという連絡を受けて、小隊の仲間であるスナフ・ウェインライトとマクシミリアン・ピースクラフトは、ほとんど有頂天になった。
 「やったなあ、メイシ!」スナフはメイシの方を乱暴に何度も叩き、喜びを身体中で表していた。「俺らの中からガンダム乗りが出るとすりゃあ、まず、お前だろうと思っていたしな。今度、俺のハイザックと模擬戦やろうな!」大声でそう話すスナフは、心底嬉しそうだった。
 もともと、あまり感情を表すことがないマックも、顔を高潮させて「くーーー!!」と言いながらこぶしを握り締めていた。「メイシ、すごいですね! 私も嬉しいですよー!」と、心からの賛美をメイシに贈った。
 だが、そんな仲間達の喜びようと裏腹に、メイシは心が沈んでいくのを感じていた。
 「メイシ、どうかしましたか?」そんなメイシの気分を敏感に感じてマックが話し掛ける。はっと気がついたようにメイシは笑い顔を作ると「い、いや。ふたりがこんなに喜んでくれると思ってなかったからさ」とメイシは声を絞り出すようにしてマックに答えた。

 「これがあなたの新しい機体よ」A.E.の技師、キャオ・ステインバーグは、プロヴィデンスの前にメイシを連れてくると、誇らしげに言った。「P.S.装甲をクラスタ分割して、Iフィールドチップとのハイブリッド装甲にしてみたの。まだテスト段階だけど、これが上手くいったら、この機体は天下無敵!…ん、どうかした?」メイシの浮かない表情を見て、キャオは言葉を止めた。
 「いや…なんでもない…」ポツリと呟くメイシを、思わず不安な面持ちで見つめるキャオ。
 「あの人の機体か…」プロヴィデンスを見上げながら、誰にともなく呟くメイシ。キャオはそんなメイシの横顔を黙って見続けていた。

 ザフト宇宙軍クルーゼ隊隊長ラウ・ル・クルーゼと、メイシ・サメインは、かつて士官学校において教官と生徒の関係だった。
 士官学校において、メイシは天才パイロットの名をほしいままにしていた。だが、そんな彼がまったく敵わなかった相手がラウだった。
 シミュレーションでも、模擬戦でも、同じ士官候補生の中ではメイシの右に出るものはいなかった。だが、相手がラウとなると話は違っていた。
 ラウは、メイシのコンマ5秒後の動きを予想しているかのように、巧みにMSを操り、メイシの攻撃の直後にかならずカウンターを加えていった。ラウと戦うたびに、メイシは自分がネコにもてあそばれるネズミのように追い詰められていった。模擬線の結果がいつもメイシの負けだったことは言うまでもない。
 何度かの模擬戦の後、ラウがメイシに話しかけてきたことがある。
 ヘルメットを取りながら、「さすがにいい腕だ。士官学校トップと言うだけのことはある」ラウはメイシに話し掛ける。「だが、今のままでは、君は私に勝てない」
 そのラウの言葉に、メイシは食ってかかった。「なぜですか! あなたがニュータイプだからですか!」
 「ニュータイプ?」ふっとラウは笑って「そんな概念だけで生き延びさせてくれるほど、戦場は甘くないぞ、メイシ・サメイン」答えるラウの視線が、まっすぐにメイシの目を射る。
 「ニュータイプなどと言う言葉は飾りだ。幾つもの戦場を生き延びてくる間に、誰からともなく、そのパイロットがニュータイプと呼ばれるようになるだけだ。それは結果なのだよ」どことなく自嘲気味に話すラウ。だが、激昂しているメイシには、そんな言葉の機微がわからない。
 メイシに背を向けて歩き出すラウ。「そのうち、君にもわかるだろう。これから先、君が生き延びているなら、だ」
 ひとり、その場に取り残されたメイシ。固く結んだ唇からは、わずかに血がにじんでいた。

 このときから、メイシはどうしても越えることのできないラウを、教官ではなく、目の前に立ちはだかる壁のように感じ始めていた。
 そして、かつてのラウの専用機が、どういう偶然か、今、メイシの専用機として目の前にある。
 「洒落にしては、きついよな…」メイシは思わず呟いていた。

 ザフト軍新造戦艦「ホワイト・ホース」が月での補給を済ませてから2日。
 あと1日で戦闘空域へ辿り着くというタイミングなのに、プロヴィデンスの性能を100%生かしきれていない自分に、メイシは神経質になっていた。「あの人なら…この機体を100%使いこなしていただろうに…!!」そうした思いも、彼の苛立ちに拍車を掛けていた。

 ドラグーンシステム。
 プロヴィデンスの背部ならび腰部に搭載された小規模のビーム砲台を射出し、量子通信システムを介して操ることで、ありとあらゆる方向の敵に対して攻撃を仕掛けることが出来るというシステムだ。それはプロヴィデンス、すなわち「天帝」の名にふさわしい攻撃兵装だった。
 だが、この兵器を操るには、超絶的な空間認識能力が必要だった。
 有重力下と異なり、宇宙では完全な3次元戦闘となる。自機に対して上下の関係なく、敵がどこからでも自在に攻撃してくる。
 だから宇宙空間での戦闘に際しては、自分を中心にしたときの敵機ならび僚機の場所やスピードなどを常にイメージしていなければならなかった。逆に言えば、こうした空間認識能力がない人間はMSやMAのパイロットとして不適格なのだ。
 この点においても、メイシ・サメインは他のパイロットを卓越していた。
 キャオはプロヴィデンスと一緒に、ドラグーンシステムの可動式シミュレータも持ち込んでいた。
 初めてメイシがそれを見たとき、「別にいいよ。ただのシミュレータだろう?」彼はまったく気乗りしなかった。
 だが、「まあ、騙されたと思って使ってみてよ」何度も勧めるキャオの言葉に、メイシはしぶしぶシミュレータに乗り込んだ。
 中にはプロヴィデンスのコクピットが忠実に再現されていた。そればかりでなく、この可動式のシミュレータは実戦さながらの加速度がパイロットに掛かるよう設計されていた。
 「メイシ君、聞こえる?」ヘルメットをかぶると、キャオの声が響いてきた。
 「これはドラグーンシステムだけのシミュレータだから、ライフルとか、他の火器は一切付いてないわよ。いい?」
 「OK」
 「じゃ、始めるわよ」
 キャオの言葉に従って、敵のMSを模したCGがモニターに表示される。その数はわずかに1機。
 システムそのものの操作は簡単だった。自機の動きはフットペダルで行い、両手の指で射出したビーム砲の動きをコントロールする。
 敵機はあっという間に撃破された。
 「さすがね。次、いくわよ」敵の数はふたつになっていた。が、さほど苦労することなく、メイシは敵MSを撃破する。
 「次、いくわよ」敵の数は3機になっていた。自機を取り囲むように近づいてくる。
 「ん??…っ!」このとき、初めてメイシは混乱した。1機に気を取られていると、他の2機が接近してくる。しかもメイシがどう動こうが、3機はメイシを三角形の中心に置くような配置を崩さない。すれ違いつつ、攻撃してくる3機を目の前に、メイシは完全に沈黙してしまった。
 そして、その数秒後。メイシの機体は撃破されていた。
 「そういうことか…」大きく息を吐いて、メイシはシートに身体を沈める。
 彼の呟きを聞きつけたのだろう。「わかった?」キャオが話し掛けてくる。「このシミュレーションは、ドラグーンシステムのものと言うより、パイロットの空間認識能力を高めるためのものなのよ」
 それまでシミュレータを侮っていたメイシは、ここで本気になった。「キャオ、もう1機増やしてくれ」
 「いいの? 3機のときと比べ物にならないくらいヘビィよ」
 「やってみたいんだ。やってみせる」
 「了解」
 モニターに、4機の敵機が現れた。
 「こんなことくらいでっ!」めまぐるしく位置を変えて接近する敵機に、メイシは挑みかかっていった。

 1日に4回のシミュレーション訓練。それが限界だった。
 現実に、1日4回の出撃はない。1回の出撃で、パイロットの体重は10Kgも減るという。この事実が、MSによる戦闘がどれだけ過酷かを如実に物語っている。
 出撃が1日に2回にもなれば、帰還したパイロットは消耗しきってコクピットから這い出ることも出来ないという。それほど疲れ切っていながら、生還できればの話だが。
 だが、メイシは1日4回の訓練に耐えた。毎回、消耗しきって、ろくに食べるものも喉を通らず、キャオが用意する流動食を無理やり流し込んだあと、彼は再びシミュレータにもぐりこむ。
 そうまでして訓練を積んだものの、4機の敵機を相手にメイシはいつまでも翻弄されるばかりだった。
 4回目のシミュレーションにもなると、疲れきって集中力をなくし、自らの攻撃で自機を破壊してしまうこともあった。キャオは「もうやめましょう。これ以上は無理だわ」と告げて、シミュレータの電源を切った。
 精神的・肉体的に疲れきり、シミュレータから這い出すこともできなくなっているメイシを引きずり出し、担いで部屋に連れて行くこと。それがここ数日のキャオの仕事になっていた。

 だが、現実の戦争はそんな彼らを待ってくれない。
 プラントの事実上の絶対防衛線であるボアズが、地球連合軍の核攻撃によって壊滅したという連絡が、ホワイト・ホースに入ってきた。急遽、ホワイト・ホースはザフト宇宙軍独立艦隊のひとつとして、急ぎ、プラントの防御のため駆けつけることとなった。
 自室で泥のように眠っていたメイシは、夢の中で警戒警報の音を聞いた。「…ん…?」限度を越えたシミュレーション訓練を続けたため、頭が石のように重い。
 ようやくベッドの上で身体を起こしたとき、乱暴にドアが叩かれた。
 「メイシ! 起きてるか! 出撃だ!」
 スナフの声だった。

 メイシたち3人がMSデッキに辿り着いたとき、そこはすでに臨戦態勢だった。パイロットやメカマンが忙しそうに飛び回る中、数機のMSがハッチから射出されていく。
 「3人とも、急いで! MSのアイドリングは済んでるわ!」キャットウォークの上からキャオが叫んでいる。
 「チカリーナ、状況は?」一足先にMSのコクピットに辿り着いたスナフが状況確認をしている。それに答えて「確認できるだけで、戦艦2、MS15機が展開中!」ヘルメットの中にチカリーナの声が響く。
 「前哨戦でこれかよ。圧倒的に不利じゃないか。この上、核が来たら終わりだぞ」思わず愚痴るスナフを「地球連合の物量はこんなものじゃないはずです。油断しないで」とマックがたしなめる。
 そこへキャオが割り込む。
 「スナフ、言われたとおりリミッター解除は出来るようにしたけど、今の状態で使ったら、あんた、死ぬからね、マジで」
 「ぐは…お前、どれだけパワーアップさせたんだ??」
 と、突然、口調を変えてキャオはメイシに話し掛けた。
 「メイシ君、無理しないで。ドラグーンシステムを使わなくても、プロヴィデンスは十分に役に立つはずよ。自信持って」
 「ありがとう、キャオ」
 それを聞いていたスナフ。
 「なんだよ、キャオ。お前、メイシに話す時と俺が相手のときと、全然違うじゃん」
 「やかましい! とっとと行って来い!」
 「ひえー…」いきなり怒鳴られて首をすくめるスナフ。
 「先に行きますよ」すでにカタパルトに自機を乗せていたマック。一足先に射出体制に入っていた。
 「お前ら、本当に冷たいのな」ぶつぶつ言いつつ、スナフが自機をカタパルトに乗せる。同時に、マックのディープ・アームズが射出される。
 空いたカタパルトに向けて、メイシは自分のプロヴィデンスを移動させていく。カタパルトに両足を乗せると同時に、隣からスナフのハイザック改が射出された。
 メインモニターを見つめるメイシ。自分の力に余るMSをあてがわれ、自機に対する信頼を失っている彼にとって、正直、今日の宇宙は彼にとって恐怖以外の何ものでもなかった。
 『新兵の頃以来だな…宇宙がこれほど怖いなんて…』心の中で呟くメイシ。
 「メイシ・サメイン、射出準備、よろしいですか?」
 チカリーナから声を掛けられて、初めて自分の状況を再確認するメイシ。声もなく、モニター上のチカリーナにコクコク頷く。
 「メイシ・サメイン、プロヴィデンス、発進です」チカリーナの声と共に、メイシのプロヴィデンスは宇宙の闇の中へ放り出された。
 「うわっ!」一瞬、自分を見失いかけるメイシ。だが、気持ちより先に身体が反応する。気がついたとき、彼はスナフやマックと一緒に戦闘空域へ向けて飛んでいた。
 「メイシ、大丈夫か?」「あ、ああ…」長年、メイシのことを見続けてきたスナフとマックには、メイシの一挙動、一声で彼のすべてがわかるようだった。「マック、メイシは後方に置く。接近戦は慣れないだろうが、中距離をメインで戦ってくれ」
 「了解」
 そのふたりのやり取りを聞いて、慌てるメイシ。
 「ち、ちょっと待てよ。俺は…」
 異議を申し立てようとするが、スナフの「メイシ、俺達が何もわからないと思っているのか?」という一言で沈黙してしまう。
 「だめだ…やっぱ、こいつらには隠し事は出来ない…」ゆっくりと自分から離れていく僚機を見送りながら、メイシは後方からの援護をすることと決めた。

 だが、実際の戦場は完全な混戦だった。
 雑音の中「ホワイト・ホースと連絡取れないか!」
 「だめです! ここ、ミノフスキー粒子で溺れそうです!」というスナフとマックのやりとりがかろうじて聞き取れる。
 メインの戦闘をスナフやマックに任せたものの、後方にいるはずのメイシも、遠距離からの狙撃をした直後、どこからか紛れ込んだ敵のMSとビームサーベルで切り結んだりと言うことを余儀なくされていた。
 現実の戦いは、メイシに休息の時を与えない。周りの情況も生き物のように時々刻々姿を変えていく。
 気がついたとき、メイシは数機のMSに囲まれていた。
 「目視できるだけで4機!…一体、何機いるんだ!」ミノフスキー粒子の中、自分がどれだけの敵に囲まれているのかさえわからない状況に、メイシは慌てた。
 しかも、その4機はそれなりの手練れらしい。ビーム砲で威嚇しながら、メイシをじりじりと追い込んでいく。
 「なぶり殺しかよ!」コクピットの中、ひとり絶叫するメイシ。その間にも、プロヴィデンスの間近を数本のビームが擦過していく。
 そのとき。
 「メイシ、無事か!」
 「今、行きます!」
 雑音の中、無線からスナフとマックの叫び声がメイシの耳に届く。
 『そうだ、俺にはあいつらがいた!』ふたりの声がメイシに再び生き延びようとする決意を取り戻させていた。
 「今は時間を稼ぐんだ!」
 ふたりが到着するまでの時間を稼ごうと、メイシはプロヴィデンスに搭載されているビーム砲のうち、大小ふたつを切り離し、闇の中に紛れさせた。
 メイシが後退するにしたがって、敵MSは間合いを詰めて来る。切り離したビーム砲の射程に入ったことを確かめて、メイシはビーム砲を乱射させる。突然、姿が見えない敵からの攻撃を受け、フォーメーションを崩す敵MS。
 「そこ!」
 待ってましたとばかり、ビームライフルを撃つメイシ。
 だが、敵は彼が思うように動いてはくれない。紙一重でメイシの攻撃を躱すと、再びフォーメーションを組もうと接近してくる。
 「こっちのペースに巻き込むんだ!」ひとり呟くと、メイシはさらにふたつのビーム砲を切り離した。
 「フォーメーションを崩すことくらいなら、今の俺にだって!」けん制のビームを乱射しながら、メイシは敵MSの隙をうかがう。
 そのときだった。
 「ん?…!!」メイシの頭に、何かひらめくものがあった。
 そのときのメイシは、頭の中で、敵MSの動きを追うのではなく、ごく自然に、その4機全部がどう動くかをトレースしていた。
 『個々のMSの動きを追うのではなく、MSの動く空間を考える…そういうことか…』メイシはそう感じた。
 「やってみる!」
 メイシはさらにふたつのビーム砲を繰り出して、攻撃を仕掛けた。敵MSにではなく、敵MSの存在している空間に対して攻撃する感じだった。
 格段に動きの良くなったビーム砲の動きに、敵MSは完全にかく乱されていた。
 だが、この敵も今まで多くの戦場を駆け抜けてきたのだろう。メイシの腕を持ってしても、なかなか直撃を加えられない。
 「くっ…しぶとい!」完全に優勢であるにもかかわらず、敵を撃破できないメイシが、思わず愚痴る。
 ここに「すまん! 遅くなった!」ようやくスナフのハイザック改とマックのディープ・アームズが到着する。
 2機は、メイシのプロヴィデンスから敵MSを引き剥がすように攻撃を開始する。
 そのとき、メイシは気がついた。
 自分がビーム砲を配置しようとするところには、すでにスナフやマックのMSがいることに。
 2機はメイシの動きを先読みして、メイシの攻撃の邪魔をせずに敵MSをけん制していた。
 メイシは悟った。「そうか…俺がどう動いたらいいかじゃなく…あいつらだったらどう動くかを考えてビーム砲を動かせば…」
 メイシの操るビーム砲の動きに無駄がなくなった。
 同時に、ビーム砲の無駄撃ちも激減した。
 スナフやマックが移動しようとしたその先には、すでにメイシのビーム砲が配置され、的確に敵MSに対して砲撃が加えられていた。
 その一撃一撃で、敵MSは間違いなく攻撃能力を削がれ、1分を待たずに撤退する羽目になった。
 いつの間にか傍観する立場になったスナフとマック。
 「メイシ…お前、いつ、そんなに腕を上げたんだ?」スナフのその言葉に、メイシは心の中で快哉を叫んでいた。

 「すごいわぁ…本当にすごい」メイシの様子を見ながら、キャオは感嘆のため息をついた。
 メイシは帰投するなりキャオを呼び出すと、疲れも見せずにドラグーンのシミュレータに乗り込んだ。
 「実戦から帰ってきたばかりなんだから、休んでからにすればいいのに…」
 不承不承、言われるままにキャオはメイシのシミュレータ訓練に付き合った。だが、出撃する前と今のメイシはまったくの別人のようだった。
 キャオが送り込む4つの標的をいとも簡単に撃破したばかりか、標的の数を8に増やしても、それなりに苦戦はしたと言うものの、メイシは柔軟に対応し、機体へのダメージを最小限に食い止めた。
 笑みさえ浮かべてシミュレータから出てくるメイシを、スナフとマック、キャオの3人が出迎える。
 「やっぱり天才だな、お前」と笑うスナフ。
 満面笑みを浮かべて「メイシはニュータイプですから」とマック。
 彼らの言葉に、ふと昔の自分を思い出したメイシ。ほんの少し笑って振り返ると「ニュータイプなんて結果論だよ。戦場からか生きて帰ってくれば、みんながそういうのさ」
 「よくわからないけど…じゃ、俺もニュータイプだな」とにやけるスナフ。
 そんな彼に「ばか。あんたは正真正銘、オールドタイプよ」とキャオが突っ込む。
 さざ波のような笑いの中、メイシはシミュレーションルームの窓から覗くプロヴィデンスを見つめていた。
 メイシは、あのときのラウの言葉の意味が、ようやく少しわかったような気がした。

 それから数日後。
 ラウ・ル・クルーゼのプロヴィデンスは、キラ・ヤマトのフリーダムと交戦し、撃破されたという一方が彼らの耳に入る。
 その報を聞いたとき、メイシの中には一瞬「勝ち逃げかよ!」という思いが渦巻いた。だが、再びプロヴィデンスのコクピットに座る頃には、メイシの心は不思議と穏やかだったという。
 「もう、追いかけるのはやめよう」それが、彼の下した結論だった。
 それより少し前、出撃前のブリーフィングで、メイシはキャオに「俺のMS、ブライト・スリーっていう名前にしたらダメかな?」
 「ブライト・スリー? なんだい、そりゃ?」
 「どういう意味です?」
 不思議そうな顔をするスナフとマック。
 だが、キャオだけは「いいんじゃない? オペレータに申告しておけば?」と笑ってみせた。
 それが、メイシなりの気持ちの区切りの付け方だった。

 だが。
 後々まで、ブライト・スリーと言う名前を誰も覚えてくれなかったと、雑誌のインタビュー記事の中でメイシは愚痴っている。
 彼は出撃のたびにブライト・スリーの名前を申告するが、チカリーナはじめホワイト・ホースのオペレータは「ブライト??…あ、プロヴィデンスですね。了解です」としか答えなかったらしい。
 「どうしてみんな、覚えてくれないんだよー!」MS射出の際に繰り返されるメイシの絶叫は、戦艦ホワイト・ホースの中でいつの間にか有名になっていった。


闇の中の白刃 完


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アキオ

そろそろアキオ、マナ編もw

リクエストしたいですねー。
by アキオ (2010-09-06 21:57) 

kyao

うが…こんなスレッドがふたたび立ち上がっていようとは…明士さん、お手数をお掛けして申し訳ありません。こんな作品を取り上げていただき、ありがとうございます。m(_ _)m
しかもこんな三文小説に、なにやらお褒めの言葉ばかりいただいてしまって…恥ずかしいやら申し訳ないやら情けないやら…。

個人的には、単純にサクサク読めるものを目指してるだけで、明士さんが仰っているような崇高なものなどどこにもないのですが(笑)。(^ ^)ゞ
ただ、戦闘中のキャラをきちんと書くためには、逆にそのキャラの日常をちゃんと書いてあげることが必要ではないかと。その点だけは気を付けるようにしています。(^ ^)
あとは、人にどう思われようが、ハッピーエンドを心がけてます(笑)。現実の戦争は悲惨なだけのものですし、何より私自身がハッピーエンドでないお話は書きたくないので(笑)。(^ ^)

人間の関わらない物語…どういう物語でしょうね。たとえば、そこにロボットやアンドロイド、「竜の卵」に登場するチーラのようなものが関わりあってしまっても、それは対象が人間でなくなっただけで、やはりそこに描かれるストーリーは従来と変わらないのではないかと思います。難しいですね。(^ ^)
ただ、どこまでいっても、そこに「視点」というか、何らかの「意識」が介在しないと単なる情景描写になってしまいますよね。どのような「意識」がどのような「視点」で世界を見るのか…ポイントはそこにあるような気がします。(^ ^)
by kyao (2010-09-07 17:38) 

参明学士

★アキオさん…いっそのこと、メイシ編以外にも全編掲載させて頂けるようにkyaoさんにお願いしてみましょうか??楽しくなりそうですよね~。

★kyaoさん…いつもありがとうございます。「サクサク読めるもの」って読み手にとっては内容と同程度に重要な意味を持つんだと思います。文章は「読まれなくてはどうしようもない」のは当然として、サクサク読ませるっていうのは内容を簡素にするだけではできないはずで、登場人物の背景や舞台設定を無理なく読者に「脳内想定」させる筆力が伴なう作業だと考えます。その点でkyaoさんの文章って読み手に優しいんですよね。
by 参明学士 (2010-09-12 22:18) 

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