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意見 [一行哲学]

他人の意見を尊重しながら自分の意思を通す。こんなに難儀なことはない。

 

一行哲学


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コメント 6

norinori27

バランス感覚が問われますね。
自分に比重が多いと自己中心的、相手に比重が多いと他人任せ。。難しいですね~~
by norinori27 (2008-04-24 08:45) 

zanki

信仰の自由なんてその最たるものですよね。
by zanki (2008-04-25 21:45) 

参明学士

★norinori27さん、やみくもに相手を否定してもこちらを受け入れてはもらえませんし、相手に合わせるだけでは自己を達成できません。この場合、「通すべき課題の持つクオリティ」の高低が競われるべきなのかもしれません。ただし、「こうした高低を見つめるべきなのだ」ということ自体にお互いが気付くのには相当な時間がかかるようにも思います。

★zankiさん、そうですね。信仰の是非もそうなることでしょう。上のレスにも書きましたが、意見が相違する場合は信仰の場合でも同様に「信仰の持つ哲学性、論理性、明晰性、人間に対する啓発力」なんかが、総合的に競われるべきものでしょうね。「言った、言わない、言い方の良し悪し」の次元での論争では永遠に決着が付かないというか、水掛け論に陥ることでありましょう。課題を適切に整理する能力も、こうした話し合いの際には重要な要素となるかと思われます。
by 参明学士 (2008-04-28 09:54) 

サァファイヤ

その通り!難しいですね。
by サァファイヤ (2008-04-28 14:01) 

銀鏡反応

本当にバランス感覚が大切で、他者に合わせすぎても自己が希薄になるし、かといって自己にこだわり他者にたいして寛容さがなくなるのも、利己的・自己中心的になりがちになり、丁度好い地点に「着地」するのは、まことに容易ではないですね。

自分の場合、“他者の意見を尊重しながら自己の意思を通す”ためには、まず“聴き上手”になれとよく言われました。自己の意見を通したかったら相手の話・言い分をまずは聴き、相手の考えかたや立場を理解しておくべきだということです。

そうした上で、自己の立場や考えかたを話し、理解してもらえるよう、誠実をもって接する。こうしてお互いを理解し、結果的に友好の絆を結んでいく。

ただ、あまりにもハッキリとした意見の相違がある場合、上のようにはなかなかいかないのが実情ですね。

こういう時でも、本当にジックリ時間をかけて、お互いを理解し合えるまで、どこまでも粘り強く誠実に接するしかないのでは、と思います。



by 銀鏡反応 (2008-04-29 17:25) 

参明学士

★サァファイアさん、人類の永遠の悩みでもあるでしょうね。

★銀鏡反応さん、「聴き上手になれ」とは確かにそうですね。聴くという行為は、相手を受容する行為ですし、それによって感情がなだらかになるということもあるでしょう。この場合、気をつけなくてはいけないのは、「聴く」ということも目的達成のプロセスに過ぎないと嗅ぎ取られると余計こじれてしまうわけです。そうならないためにも、少なくとも聴くことは「手段ではなく目的」にならなくてはいけないでしょうね。互いの意見の妥結点は、会話しながら探れる場合もありますし、全くダメな場合もあるでしょう。ただ、「聴く」というスタンスが会話を円滑に進め、適宜着陸点を見つけ出す可能性を高めることだけは確実だと感じます。
by 参明学士 (2008-04-30 23:48) 

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