かけあしで [エッセイ]
なんとなく生きるなんてまっぴらだ。
毎日なんて通過点でしかない。
でも、現実は毎日を積み重ねる以外にはない。
だから、毎日というのは「通過点であり決着点」でもある。
今日を大切に生きるというのはあくまで自分自身が決めることだ。
他人や環境の問題ではない。
誰かが自分以外に不満を求める時、私は時間の無駄を感じてならない。
時間が惜しい。
老いるときっと更にそう思うんだと感じる。
今を、この一瞬を、生き抜かないと悔やむだろう。
愚痴を言うよりも己を成長させよ。
日々、自分に言って聞かせる。
人間は体は小さくとも、思考は宇宙大にまで広げる事だってできる。
そんな時、限りなく人間は自由だ。
昔から人は空を見上げてきた。
それは飽くことなくずっとずっと続けてきた営み。
何故こんなにも星や空を求めるのだろう。
最近、私にはわかった気がする。
それは生きとし生ける者の全ては「宇宙が故郷」だからではないだろうか。
地球と言っても宇宙から生まれた。
空を見るのは我々が故郷を思うのと同じなのだ。
満天の星に心奪われる時、身の回りの小競り合いがなんだ。
会社の不満がなんだ。
あの人への不満がなんだ。
大きく生きていこう。
そうやって空は私を抱きかかえてくれる。
つまらないことで悩む時、月が私を笑っている気がする。
「月もオレを笑っているわ…」と。
太陽の活動に休みなどあるだろうか。
地球の自公転に、月の満ち欠けに不動があるだろうか。
そんなことはない。
彼らは止まらない。
ずっとかけあしだ。
ああ、私の日々にも安易な休みなどいらない。
心臓は一日たりとも休まない。
善悪を求めてやまぬ心。
つまらぬ誰かが決めた「正しさ」に満足などできない。
くだらぬおべんちゃらに巻き込まれたくない。
酒で何かを紛らわす虚ろで平べったい楽しさに我を預けたくない。
誰かの機嫌を取るための、そんなうわっつらの人生など願い下げだ。
私はただただ、真理の側につきたい。
私はただただ、畏敬する人と共にいたい。
尊敬する友よ。
理想をより高く磨いていくのだ。
構想を研ぎ澄ませ、実現させるのだ。
そのためなら、私は我が身を惜しまずエールを贈る。
知恵も出し合おう。語り合おう。
その瞬間にこそ私は生きている。
今日も互いに成長して、明日はより気高き話をしようじゃないか。
なぁに、つまみなど安物でいいのだ。
君と私の心には豊かな果実が実っている。
食べても食べても決してなくならない、豊かな果実があるじゃないか。
お腹いっぱいにその果実を食べたら、また走り出そう。
君と私の自己完成への旅へ。
かけあしで。
メロスが抱いていたあの心のままに。
今日も、そして明日も目一杯のかけあしで。
友達にとって、自分もいつまでも尊敬してもらえるような存在でいたいな。
理想は高く、お互いに切磋琢磨出来るような間柄でいたいです。
by barbie (2007-08-07 17:44)
友達同士で互いに磨きあい、尊敬できる間柄でいられたらどんなに素晴らしいことであろう。お互いが一つの生命として尊い存在であることに気がつけば、友達関係は素晴らしいものになるはず。
また人間は宇宙を思える唯一の動物。宇宙のあまたの星たちに眼をむけ、思いを寄せることにより、私達地球人は実に小さな宇宙なんだな、という謙虚な気持ちになれる。ツマラナイことで争っていることがバカらしく思える。私達はもっと宇宙を思い、謙虚にならなくてはいけないと思う。またそれと同時に理想を高くもった人生を生きていこうと思っています。
by 銀鏡反応 (2007-08-07 22:38)
★barbieさん、友達との関係は互いに尊敬できる「成長」をし続けることもポイントかもしれませんね。私も毎日自己を磨き、そして何かの期待に応えられる人物になりたいなと思うのです。
理想は高く…。人生にとって大切なキーワードですよね。
★銀鏡反応さん、人生を大きく豊かにするものが友人関係でありましょう。孤独はやはりあまり好ましいものではないように思いますね。どうしても自分だけで生きているようになると了見が狭くなり、視野も狭くなって、本物の人生の価値というものを見失いがちになると思います。
宇宙に関しては、つくづく故郷だと感じます。「宇宙」という響き自体に大いなるものを志向させられます。一方で宇宙の果てまで思惟できる人間もまた、大いなる宇宙との連環を感じずにはいられません。
by 参明学士/PlaAri (2007-08-08 01:52)