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罪なき女神(ショートショート) [明士の日々]

ひろかずはナミとの話題を探そうとして図書館に来ていた。

館内にいる学生達は粛々と勉強しているように見えて、何だかやましい目的で来ている自分に嫌気がさしかかっていた。普段はちゃんと勉強のために図書館に来るひろかずだが、どうにもその日は落ち着きがない。明らかに場違いなコーナーにひろかずはいた。「美術」と書かれたその整理棚の前で目的の本を探していたのだ。ナミは美術部に属していて非情に活発な女性である。とにかく美術に関しては熱心のようなのだが、ひろかずは美術に対して見る目がなく彼女の作品の良さを理解できないでいた。当たり障りのないコメントしかできない自分に対するいらだちがあり、また、そのせいでナミとの話題を広げることができないでいたのである。

ナミとの出会いは1年生の学校祭でのことだった。クラブの統括団体である学友会の無茶な指令によって2人は知り合った。その無茶さ加減とはこうだ。ひろかずは軽音部に属していたが、「音楽と美術の融合」を舞台で披露して欲しいという要望が軽音部と美術部に寄せられたのだ。何とも珍妙な取り合わせだが、ため息をついていても始まらないので「一曲やる間に、粘土で造形をしよう」という安易な計画を立てて練習?!に励んだのだ。ひろかずはそのバンドの一員に選出され、美術部との合同練習に参加したときにナミと知り合ったのである。

ナミはジャラジャラとロック系の長めにアレンジした曲が終わる間に、器用に粘土で作品を作り上げていった。時には粘土が付いたままの手でひろかずの所まで来て『うまいねー。アタシも触っていい??』などと粘土の付いたままの手でギターに触ろうとして、『こらこら、そんな手で触っちゃダメだって!』と焦るひろかずにナミは満面の笑みで応えるのだった。ひろかずはそういう風にジャレている時と、作品に向かっている時のナミの真剣さとのギャップの大きさがナミの魅力を揺ぎ無いものにしていたことに気付き始めていた。
ナミが音楽を理解できるのに反して、ひろかずは美的なものへの感覚が乏しくナミの作品に共感を示すことができなかった。『どう?このミケランジェロ顔負けの作品!』などとおどけて見せるがひろかずは反応できなかった。ナミもそうしたひろかずの特徴を知ってか、その後はそうした感想を求めなくなっていた。相変わらず演奏にちょっかいを出したりするところは変わってはいなかったのであるが、ひろかずは何となくやり場がせまくなり始めていたことに気が付いていたのである。企画がよかったかどうかは別として学校祭も無事終了し、その後ナミとの接点は途絶えてしまった。そして何とかしてナミとの接点の拡大を考えてひろかずは図書館の美術コーナーに来たというわけである。パラパラと目次をめくる。もちろん目標はミケランジェロだ。『なるほど、レオナルド・ダ・ヴィンチとほぼ同世代でライバルだったのか…。』などと読み進めるうちに背後から声がした。

『ひろかず、何してんの?』

ナミである。こんな時にイヤな現場を押さえられたとひろかずは思った。反射的に本を閉じてしまっていた。言い訳を考えるのにちょっとした間が必要だった。ナミにミケランジェロの項を読んでいたことがバレてないかどうかが気にかかっていた。『いや、実は明日までに美学美術史の授業のレポートがあってさ…』と傍から見ても苦しい言い訳をしていた。美術に興味のない人間が美学美術史を言い訳に使うとは滑稽な話である。だがナミはそれに触れなかった。彼女はどうやら暇でここに来たらしい。『ねぇ、ひろかずさ、車持ってたよね?レポートの途中で悪いんだけどさ、どっか気晴らしにドライブでも行こうよ~。』と、相変わらずのずうずうしさで提案してきたのだ。ひろかずは内心飛び上がらんばかりにうれしかったのは言うまでもなかった。努めて平静さを保ちつつ、もちろん答えはO.Kということになった。

ナミを車に乗せるのは初めてではない。以前、学校祭の練習帰りに雨が降った時、家まで送ったことがある。何人か乗っていたので2人きりというわけではなかった。当然会話という会話をしたわけでもなく、純粋な意味でのドライブは初めてのことだ。ひろかずは何の話をしようか迷っていたが、その点はナミがリードしてくれたので考えるまでもなく会話は弾んでいった。音楽の話や先日の学校祭の話。共通の友達の話題で盛り上がっていた。こういう時のナミは本当に楽しそうに話している。ひろかずはそれがうらやましかった。何かにつけ力いっぱい取り組むというか、手抜きがないというか、一生懸命さなのであろうか、それがナミを明るく見せているようである。そして、突然突き刺さる言葉を投げかけてくるのもまたナミの特徴だ。

 

『ねぇ、さっきさ、図書館でミケランジェロ見てたでしょ??』


突然の核心を突くセリフに返す言葉が見つからなかった。


『何でだまってんの??』


場が持たない。持つわけがない。ヘタな言い訳すら思いつかない。


『ま、いっか』

 

ひろかずは『いいのか、ナミ!』と思わず叫びそうになったが、そのさばさば感もナミの特徴である。その間、ひろかずは自分がどんな表情をしていたかを考えたくもなかった。ドライブも小休止。少し学校から離れた喫茶店でコーヒーとサンドイッチの軽い食事を済ませて帰る。ナミの選んだサンドイッチは何だか色々な具材の取り合わせでできたカラフルでヘルシーそうな一品。対してひろかずはシンプルな「たまごサンド」である。理由はわからないが、ひどく自分が子供に見えたことを忘れることはできなかった。こうして見ると目の前のナミには何をしても勝てないような気さえ起きてくるのであった。
帰りの車中も果てることのない楽しい会話が飛び交っていた。ナミが相変わらずリードしてくれていた。そしてそれは突然飛んでくるのである。



『ねぇ、何でミケランジェロ見てたの??』

 

『 次  ま  で  に  答えを用意しておいてね。』

 

ナミを家の前まで送った後、ひろかずはしばらくそのまま車を動かさないで考えていた。いや、感じていた。自分がいかに子供かということを。『明日のレポート、頑張ってね。』と言ってくれたナミは、ひろかずの思いを知っていたのかもしれない。いや、知っていたということにしよう。もちろん明日レポートなんかないことも。そう思うことでひろかずは少しだけ大人になった気がしていた。ナミと写真を撮り忘れたことをちょっぴり悔いた。いまごろになって携帯のカメラをナミの家に向けシャッターを切った。アクセルをいつもより強く踏んだ。

帰りの途中、『ナミの家を撮ったこと、ナミに見られちゃいないかな。あ、もしナミが美学美術史を取っていたらどうしよう。そうだとしたら最初っからウソがばれてたってことか…。』などと心配し始めているひろかずはやっぱり子供なのかもしれない。
ナミに言われた『 次  ま  で  に 』の答え、それだけはナミにリードさせるわけにいかないと一人考えているひろかずは、家には帰らず途中で終わっていたミケランジェロを読みにまた図書館へとその歩みを進めていた。

そう、そこでもう一回ナミに会える気がしたから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

-終わり-


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コメント 5

kyao

お、以前の小説、再開ですねー。最後まで期待しつつ、拝見しています。(^^)
by kyao (2005-08-30 13:18) 

参明学士/PlaAri

kyaoさん、いえ、実はこれはこれだけの超短編なんです。前回のとは無関係なんです(笑)。「終わり」って書いた方がよさそうですね^^;
by 参明学士/PlaAri (2005-08-30 14:25) 

りんたろ

青春だ。。。実生活の明士さんって女性に振り回されたりしてますか~?何もしなかった彼女のことが気になっていますw
by りんたろ (2005-08-30 18:41) 

銀鏡反応

読ませていただきました。
読みきりでありながら、「その後の2人はどうなるかな~」といった展開を予感させてくれます。
私は恋愛小説など読まないタチですが、2人の心の機微が表現されていて、とても良く出来ています。
by 銀鏡反応 (2005-08-30 18:52) 

参明学士/PlaAri

りんたろさん、実生活の私…。どうでしょう??あんまり女っ気がないヤツだと周りからは言われています(笑)何もしなかった彼女は今でも会うと叱られるのです(涙)

銀鏡反応さん、読んで頂きありがとうございます。普段はこういった創作はしないのですが、書けそうな気分のときに一気に書いています。この先2人はどうなるのでしょうね^^恋愛小説と呼べそうなシロモノでもないんですけれどね(涙)ですが、お褒め頂きうれしく思います。ありがとうございます~。
by 参明学士/PlaAri (2005-08-31 13:08) 

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