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バカの壁 [思索の散歩道]

 この本はここ数年で最も話題になった書の一つである。センセーショナルなタイトル「バカの壁」だが、タイトル買いをした人は少々面食らったかもしれない。その内容たるや「バカ」では理解しにくいのである。最初の数ページだけ読んで本を閉じる人も多かったようだ。中身はさすがに脳外科の先生らしい切り口の論旨であるが、多分に筆者の社会の矛盾に対する批判というスタンスが見て取れる。社会の何が矛盾なのかをあぶりだしているとも言えるだろうか。平素、我々が認識している「一般通念らしきもの」に対して冷や水をぶっかけるのである。その意味で論が非常に客観性に立脚しているかと思えば、怒りのためかやけに感情的だなと感じることもある。本の帯に「話せばわかる」なんて大ウソ!と書かれているが、キャッチーなコピーとは裏腹に、本文中ではさほどの意味を持ってはいないと思われる。本である以上は売らねばならないので、編集部としてもできるだけ人を惹きつけるような文言を考えたのであろう。
 ともあれ各章がそれぞれ示唆に富んだ内容となっているので、範囲を限定し、かいつまんで感想を述べていきたい。

「わかること」と「知識がある」ということの違い

 「論語読みの論語知らず」という言葉がある。要するに中身は知っているけれども、現実の動きがそれに即していない状況を揶揄しているのである。忠孝を基とする論語を学問として勉強している人が、親を虐待するというようなことであろう。これこそ知識はあるけど、論語をわかっていないという典型例ではあるまいか。誤解を恐れず言えば論語に示された内容のように行動することを「わかる」といい、文章を暗記している人を「知識がある」ということになるはずである。筆者は「わかる」ということはそんなに簡単ではないのだと主張している。
 例えば、テレビで報道されているイラク情勢を我々は受け取ることができる。様々な状況が逐一入ってきているようだが、では報道で本当に「イラク」をわかることができるのかという問題がある。飢えの状況はどうなんだ、気候はどうなんだ、爆弾やテロの恐怖はどうなんだと、これらのことが我々に本当にわかるのか。新聞・テレビ・インターネットからの情報を集積して何事かを「わかった」気になっているだけのことである。要するに「わかりっこない」というのが筆者の主張である。そうなればやはり「客観的事実」に対するスタンスも自ずから定まってくる。突き詰めると「誰がこれを確かめられるんだ」ということになるわけだ。筆者は「客観的事実」は最終的には信仰の領域だと論じている。
 「常識と雑学を混同している」のが日本人だと本文にあった。上の例で言うなら「イラクに関する広範な雑学は持っているけれども、それをイラクの現状なんだと勝手に頭の中で常識にしてしまっている」ということである。筆者は常識についてフランスの思想家モンテーニュの解釈を受け、「誰が考えてもそうでしょ」ということだと述べている。絶対的な真実かどうかは別として、「人間は普通こうでしょ」ということが言えるはずだと。これは「倫理学の父」ソクラテスの言とも合い通ずる。彼は「普通はこうでしょ」ということを「対話」を通じて導き出そうとしていたのである。哲学の領域まで踏み込んでくるものと思われるが、筆者はそこまでは言及していない。

 

2,3回読んでみるべきではないか

 「バカの壁」ではその他、認識一般に対するスタンスの過ちを説いている。科学の絶対性への疑問や人間の個性についての認識に対する問題、脳に関する考察、変わるものと変わらないものとの違いなど、普段日本人が疑問に思わないことにメスを入れている。そして筆者が書くこの論旨をも「正しい」と勘違いするなとも述べている。筆者の問題提起を頭に入れながら1回読み、その視点から社会を観察し、少し後にまたもう1回読んでみると筆者の言わんとしていることの輪郭がわかるようになる。そしてもう1回時期を空けて読めばかなり理解できるのではないだろうか。その頃には筆者の視点で社会を見渡す「クセ」がついてくることだろう。それは日本人の傾向を分析する上で随分と役立つのではないだろうか。筆者がこの境地にたどり着くまでに要した時間を「バカの壁」1冊を2,3回読むことで吸収できるのである。人生で視点を変える機会などそうあるものではない。その意味で本書の指し示す方向は重要であると感じている。一読と言わず2度3度と読むことをお薦めしたい。 


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AdventurezInDiving-TRY

面白く読ませていただきました。この本買おうかなと思った事がありますが、難しそうだったので止めました(脳外科ドクターが著者だったんですか)
でもこうやって解説してもらうのは楽しいですね。
by AdventurezInDiving-TRY (2005-02-05 18:46) 

「論語読みの論語知らず」と同様な言葉に「兵法家に名将無し」というのがありますね。机上の言葉遊びは得意なのですが、実際の状況判断ができませんね。最近これが「馬鹿の壁」なんだと水郷、至極納得しました。
by (2005-02-05 21:16) 

shirogane-kagami

う~ん、そうですねぇ・・・。「論語読みの論語知らず」とか「覆水盆にかえらず」なんて諺や格言はいろいろと覚えていますが、その中に秘められた知恵というものを、私達は人生において生かしきれていない、というか、分かっていないんですよね。「バカの壁」、読む価値は充分あるようですね。筆者の養老さんは
私も大好きです。
by shirogane-kagami (2005-02-05 21:38) 

参明学士/PlaAri

chikoさん、こんばんわ!結構タイトル買いをした人が多いようでしたよ~。普段、考えていない分野だと難しく感じるかもしれません。やっぱり脳外科の先生の視点ですからね(笑)

mizusatoさん、こんばんわ!机上の理論が役立たないというのは、実際かなりありますよね。石田三成なんて良い例ですね。関が原の布陣はほぼ勝利間違い無しだったのですから。それであの惨敗。孫子で説くところには戦場についた時点で、もうすでに勝敗の趨勢は半ば決まっているというような理論があった気がします。戦前外交と調略が勝負を決める要素なのでしょうね。

銀鏡反応さん、こんばんわ~。我々が普段している「怪しげな認識」をきっちり否定してくれますので、本を読んでいて笑えることもありました。当たり前と感じていることに、もう一度我々は注意を向けなくてはいけないのかもしれませんね。読む価値は十分にあると思いますよ。
by 参明学士/PlaAri (2005-02-06 00:04) 

またまたお邪魔しました。
そうですね。石田三成は家康の「ペンの力」に敗北したようですね。「戦わずして勝つ」ということが兵法家にとっての「上策」なのですが。。
昭和になる陸軍参謀本部も海軍軍令部も机上の計算ばかりで、最終的には破滅の道を歩むことに。天才馬鹿はこの上策の「壁」が乗り越えられなかったようで。参謀本部+軍令部=大本営となって二乗の間違いを犯すことになったのでしょうね。
by (2005-02-06 19:28) 

参明学士/PlaAri

mizusatoさん、こんばんわ!三成は社会が理屈と常識で成り立っていると勘違いしたのでしょう。太閤の恩を受けた連中は必ず内府の野望を砕くだろうと…。子供のような無邪気さの観点ですね。島左近あたりはその辺を助言したようですが、君主の純粋さのせいか無念の結果となりました。大谷吉継も三成の純粋さに死線を共にしたのでしょう。義理や人情を重要視する大名もいたことは三成にとって救いではなかったでしょうか。
に、しても太閤はあの世で三成を叱ったのでしょうかね?それとも福島正則や加藤清正を叱ったのでしょうか?そのあたりに興味も出てきますよね。
by 参明学士/PlaAri (2005-02-06 23:17) 

最近活字離れしてたので、物は試しと読んでいる最中であります。まだ1〜2章しか読んでおりませんが最後まで読めそうです。おっしゃる通り2〜3回繰り返して読まないといけないと思いますが。
by (2005-05-09 17:27) 

参明学士/PlaAri

Gonbe123さん、はじめまして!
私はこの本は一度読んでから、少し時間を空けて読むといいのではないかなと思っています。その方がより著者の視点で社会が見渡せそうな気がするからなんです。視点を磨くには良い本だと思いますね^^
by 参明学士/PlaAri (2005-05-10 09:43) 

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